Fate/Another Labyrinth③
パルジファル・ハイネ・ソフィアリ
魔術回路・質:A+
魔術回路・量:A
魔術回路・編成:正常(起源《回帰》の現出に伴い多少の変調あり)
彼の魂胆。
それは空間時間の召喚であると云ってもいい。
かつて中世にパラケルススやレオナルド・ダ・ヴィンチなどの天才が一気に現れた、
賢者の石内部で構築された霊子虚構世界限定の空間航法。擬似霊子転移や、疑似霊子変換投射とも呼ばれる。それは電子データではシミュレータでしかないが、こと魔術を扱う者には、仮想的な
偶然にも天文科のロード、アニムスフィア家に伝わる秘奥と同様の理論ではある。だがいつかの未来で地球の魂を複写した疑似地球環境モデル・カルデアスではなく、賢者の石を使用しているため過去改変などの人類史への介入などは到底不可能。
その霊子虚構世界上での歴史改変は、しょせん演算上だ。だが根源の渦は万象に繋がるもの。究極美でも、人体でも、仮想上でも繋がれば至れる。
理論上は可能。
問題は、それを再現できるかというもの。
根源の渦に至るには神代の環境再現が必須。
真に迫らなければ、扉は開かれない。真を造らなければそもそも扉は生まれない。
自分を神代に迎え入れる縁がいる。
神代の編成を再現するための膨大な燃料がいる。
そもそも神代を演算できるアトラス院に匹敵する、高密度の賢者の石を製造できる技術がいる――いや、これは一応後回しでいい。かの
自身のレイシフト時の意味消失から保護する魔術礼装の開発がいる。これに関しては専門分野だ。
神代を再現――アトラス院風に言うならば再演――する研究の副産物として造られたのが私の魔術礼装。
かつて北欧で使用されたという神霊や英霊(一介の魔術師ができるのは英霊までであろう)の振るう原初のルーンを召喚する。
これは
しかし私の起源《回帰》という魔術特性による大幅なショートカットで、実戦的と言える一小節レベルには成立した。
「私は、戦える、はずだ…………っ」
地中海はギリシャ。飛行機の中で、冷や汗で滲む手のひらをぐっと握る。
Fate/Another Labyrinth②
英雄と呼ばれる者が振るった武器や切り札を宝具と云い。
伝説に由縁する残り香を聖遺物と云うが。
それらが完全な状態で現代まで残っている事例というのは多くはない。
彼らの駆け抜けた大地が、もう残っていないように。それはもはや過去の話。星はその上に暮らすものたちの手によって形を変える。
「
そう言って彼、降霊科のエリート、パルジファルは自身の所有物である長物を大切そうに触れた。いつくもの呪符と聖骸布で封印されたものだ。
なるほど魔術師のエリート、貴族だけある。目も眩むほどの一級の呪体を個人で所有しているのか。おそらくこの聖遺物がこの場で解き放たれたら、大惨事になるのだろう。
「私の得意な魔術は召喚術、過去あるいは未来から霊体を喚起する魔術だが、
自分の感覚では釣りと似ている、かな。魚が抵抗しなければより釣れやすい。呼び出すものの同意があれば魔力はより少なくて済む」
「その燃料となる呪体と、縁をつくる聖骸布探しですか……」
「過去に遡れば、遡れるほど良いのだから、この地球上に残る異界の内でも脅威なものと対峙することになる。しかし、できる限りの準備をしたいが少数の方が良い」
「足手纏いと、報酬で――かしら?」
横から愛歌が口を出した。薄笑いを浮かべている。
「それもあるかな」
麗しい青年は、恥ずかしいところを突かれたとばかりに、照れくさそうに微笑んだ。
政治抗争を主とする時計塔上層部の人間にしては、あまりにも
「迷宮と化している異界、探索地の候補として以前言った北海、ヒマラヤ、かつて名の知れた魔術師の工房、神話伝説の舞台。最初の依頼は……」
最初の依頼は、形のない島。
かつて数多の人を石化させた魔物メドゥーサが暮らし、英雄ペルセウスに討たれた場所。地中海に佇む霊地にして、もはや神話と異なる地球とは隔絶された異界。
太古の昔、霊体が破壊された際に周囲の魔力・怨念と結びつき、歳月による信仰という存在確立も相まって、そこには魔物メドゥーサを模した影が実体化したという。
それの発生は奇しくも
「問題はそこを発見できないことでね」
「それに関しては大丈夫よ」
「そうなのかい?」
「ええ。ノーマの
その時、ノーマ・グッドフェローの紫水晶の眼が、妖しく光る――――
Fate/Another Labyrinth
探求者としての魔術師というのは、およそ過去の原点、始まりの一に向かって進むものだ。その行いは科学ではなく魔術だからこそ可能となるものでもある。
根源の渦、全ての始まり。
魔術師を名乗るならば、それを追い求めるのは当然。例え、その道がか細くても。
「例えば時計塔地下に存在する竜種の死体が基となった霊墓アルビオン、例えば上級死徒コーバック・アルカトラスの造り上げた迷宮。それら一種の異界と呼べるものには、根源に至るための道をより太くするための触媒――呪体が採れる場合がある」
「それが真っ当な魔術師が、私たちに依頼する理由かしら」
「ま、愛歌……」
明るい薄青いワンピースを着た彼女は、ゆったりとした所作でこちらに目を向けた。それが敵愾心からなのか、それとも別の思惑か。
私は彼女のまるで全能の如き瞳の虚に吸い込まれそうだった。
押し止めようとするのは、橙色の髪を、ポニーテールで纏めてる少女。髪に魔力を留める呪術に頼っているあたりは女性魔術師か。青いダウンジャケットで実行部隊なのだと分かる。
命を張る魔術遺跡探索者にしては、気弱。
確かに実績こそめざましくはないが、生存率の高い探索者という最も重要な条件に引っかかった以上は必要な素質なのだろう。
「目標は神代の遺物、北海の
「あら、あなたは神代の幻想種と相対して、勝てる気でいるの?」
その言葉は全能の少女からすると、値踏みですらなかっただろう。
「魔術礼装を使用した私の魔術回路ならば二撃。二回分だけ神代のものと同等の魔術を発揮できる。対魔力を持とうと突破できる類のものだ」
「二回も、神代の魔術を……!?」
「降霊術なら、
驚いた少女は確か、ノーマ・グッドフェローと呼ばれていたはず。
対して動じもしない方が沙条愛歌。
ロードの分家としての自信でもあったのだが、こうも明暗が分かれるとは。
「これは魔術協会時計塔降霊科のロード・ユリフィス直々の特命です」
金髪の、柔和な笑顔が似合う青年だった。外見こそ白馬の王子様、理想の姿に見えるが実態はそうでもないというのを沙条愛歌は知っていた。
根源接続者。全知全能の人。沙条愛歌こそその人である。
ならば魔術師の頂点であるロードの家系の分家、パルジファル・ハイネ・ソフィアリ程度を歯牙にかける必要があるだろうか。
しかし、戯れに付き合うなら構わないか、と思えるぐらいにはこの男、顔が良い。
(まあ、ノーマにはいい経験にはなるかしら?)
沙条愛歌とノーマ・グッドフェローはかつて憑依し合った関係である。それはつまり根源接続者の――極度に劣化したとはいえ――霊媒となったということである。
妖精の眼、グラムサイトが宿っていることが、ノーマには根源に至る可能性の発露として愛歌には映っていた。
故に、師弟関係。ノーマを根源に到達できるように教え導くことが、娯楽なのだ。