Fate/Another Labyrinth②

 英雄と呼ばれる者が振るった武器や切り札を宝具と云い。

 伝説に由縁する残り香を聖遺物と云うが。

 それらが完全な状態で現代まで残っている事例というのは多くはない。

 彼らの駆け抜けた大地が、もう残っていないように。それはもはや過去の話。星はその上に暮らすものたちの手によって形を変える。

 

考古学科アステアのように降霊科ユリフィスも大抵の場合は宝具、聖遺物の類を必要とする。保存ではなくて召喚の際の触媒、より術式の精度を上げ、成功率を確保するためにだけどね」

 そう言って彼、降霊科のエリート、パルジファルは自身の所有物である長物を大切そうに触れた。いつくもの呪符と聖骸布で封印されたものだ。

 なるほど魔術師のエリート、貴族だけある。目も眩むほどの一級の呪体を個人で所有しているのか。おそらくこの聖遺物がこの場で解き放たれたら、大惨事になるのだろう。

「私の得意な魔術は召喚術、過去あるいは未来から霊体を喚起する魔術だが、時間きょりが離れているほど消費する魔力や確実性などの難易度は高くなる。触媒のもつ縁によってアンカーを付けて高密度な情報の海から無理矢理、引きずり出す。

自分の感覚では釣りと似ている、かな。魚が抵抗しなければより釣れやすい。呼び出すものの同意があれば魔力はより少なくて済む」

「その燃料となる呪体と、縁をつくる聖骸布探しですか……」

「過去に遡れば、遡れるほど良いのだから、この地球上に残る異界の内でも脅威なものと対峙することになる。しかし、できる限りの準備をしたいが少数の方が良い」

「足手纏いと、報酬で――かしら?」

 横から愛歌が口を出した。薄笑いを浮かべている。

「それもあるかな」

 麗しい青年は、恥ずかしいところを突かれたとばかりに、照れくさそうに微笑んだ。

 政治抗争を主とする時計塔上層部の人間にしては、あまりにも人間・・らしい・・・

「迷宮と化している異界、探索地の候補として以前言った北海、ヒマラヤ、かつて名の知れた魔術師の工房、神話伝説の舞台。最初の依頼は……」

 

 最初の依頼は、形のない島。

 かつて数多の人を石化させた魔物メドゥーサが暮らし、英雄ペルセウスに討たれた場所。地中海に佇む霊地にして、もはや神話と異なる地球とは隔絶された異界。

 太古の昔、霊体が破壊された際に周囲の魔力・怨念と結びつき、歳月による信仰という存在確立も相まって、そこには魔物メドゥーサを模した影が実体化したという。

 それの発生は奇しくも使い魔サーヴァントと類似。シャドウサーヴァントと呼ばれるもの。

 

「問題はそこを発見できないことでね」

「それに関しては大丈夫よ」

「そうなのかい?」

「ええ。ノーマの妖精眼グラムサイトと探索魔術なら、きっと見つけられる」

 

 その時、ノーマ・グッドフェローの紫水晶の眼が、妖しく光る――――

Fate/Another Labyrinth

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Fate/Labyrinth 著者桜井光 イラスト中原

 探求者としての魔術師というのは、およそ過去の原点、始まりの一に向かって進むものだ。その行いは科学ではなく魔術だからこそ可能となるものでもある。

 根源の渦、全ての始まり。

 魔術師を名乗るならば、それを追い求めるのは当然。例え、その道がか細くても。

 

「例えば時計塔地下に存在する竜種の死体が基となった霊墓アルビオン、例えば上級死徒コーバック・アルカトラスの造り上げた迷宮。それら一種の異界と呼べるものには、根源に至るための道をより太くするための触媒――呪体が採れる場合がある」

「それが真っ当な魔術師が、私たちに依頼する理由かしら」

「ま、愛歌……」

 明るい薄青いワンピースを着た彼女は、ゆったりとした所作でこちらに目を向けた。それが敵愾心からなのか、それとも別の思惑か。

 私は彼女のまるで全能の如き瞳の虚に吸い込まれそうだった。

 押し止めようとするのは、橙色の髪を、ポニーテールで纏めてる少女。髪に魔力を留める呪術に頼っているあたりは女性魔術師か。青いダウンジャケットで実行部隊なのだと分かる。

 命を張る魔術遺跡探索者にしては、気弱。

 確かに実績こそめざましくはないが、生存率の高い探索者という最も重要な条件に引っかかった以上は必要な素質なのだろう。

「目標は神代の遺物、北海の巨大古代種ムールクラーケなんかが理想だね」

「あら、あなたは神代の幻想種と相対して、勝てる気でいるの?」

 その言葉は全能の少女からすると、値踏みですらなかっただろう。

「魔術礼装を使用した私の魔術回路ならば二撃。二回分だけ神代のものと同等の魔術を発揮できる。対魔力を持とうと突破できる類のものだ」

「二回も、神代の魔術を……!?」

「降霊術なら、境界記録帯ゴーストライナー由来かしら」

 驚いた少女は確か、ノーマ・グッドフェローと呼ばれていたはず。

 対して動じもしない方が沙条愛歌。

 ロードの分家としての自信でもあったのだが、こうも明暗が分かれるとは。

「これは魔術協会時計塔降霊科のロード・ユリフィス直々の特命です」

 

 金髪の、柔和な笑顔が似合う青年だった。外見こそ白馬の王子様、理想の姿に見えるが実態はそうでもないというのを沙条愛歌は知っていた。

 根源接続者。全知全能の人。沙条愛歌こそその人である。

 ならば魔術師の頂点であるロードの家系の分家、パルジファル・ハイネ・ソフィアリ程度を歯牙にかける必要があるだろうか。

 しかし、戯れに付き合うなら構わないか、と思えるぐらいにはこの男、顔が良い。

(まあ、ノーマにはいい経験にはなるかしら?)

 沙条愛歌とノーマ・グッドフェローはかつて憑依し合った関係である。それはつまり根源接続者の――極度に劣化したとはいえ――霊媒となったということである。

 妖精の眼、グラムサイトが宿っていることが、ノーマには根源に至る可能性の発露として愛歌には映っていた。

 故に、師弟関係。ノーマを根源に到達できるように教え導くことが、娯楽なのだ。