Fate/Another Labyrinth④

 過去と未来。

 

 魔術世界における力の源、神秘というのは科学が発展する度に減少し駆逐されていくものだ。人体構造を模した魔術が科学技術によって席を奪われるのと同じように。

 

「それでゴルゴーンの呪体は、手に入ったのかい」

「化石の欠片だがね。これで神代回帰の研究が更に進むよ」

 パルジファルと相対するのは、まさに正反対とも言える男だ。

 クリア・オール。アメリカ出身の魔術師。

 彼の使用する魔術基盤は時計塔の、芸術的な魔術師を多く擁立する創造科においても異端とされていたものだ。その存在を知ったパルジファルは身の危険も顧みず、直接会いに行った。

『――――君の本質は、現代魔術科寄りなんじゃないか?』

 開口一番に、パルジファルはそう言った。言わざるを得なかった。

「ああ言う男は時計塔では終ぞ見なかったね」

「噂のロード・エルメロイ二世には結局、会ったのか?」

「いいや。彼の鑑識の才能は知っているが、僕の魔術には残念ながら役に立たない。そもそも魔術的視点というものが根本的に意味がない。ロード・エルメロイ二世は魔術行使の能力がない魔術師だ」

「あー……彼は科学者ではないか」

 ロード・エルメロイ二世の現代魔術科にはスマートフォンを使用した魔術を開発しようとしている現代社会に迎合した、先進的発想をもつニュー・エイジが多く在籍しているというが、オール家の魔術、数学魔術は更に毛色が違っていた。

E = mc2元素変換フォーマルクラフトなんかは誰にも真似できない最高効率だろ」

「単純的な魔術では君に軍配が上がるが、君はそれ以外がダメな奴だ」

 

 数学魔術。

 数と事象の合一に神秘を見出す常に最新の魔術である其れは、文明の代名詞そのものであった。文字すら口頭での音の数を記号化したものである。音階も元は数学によって概念化されたものだ。

 特にクリア・オールの家系に伝わる数秘術ならざる数学魔術は科学文明との相性が魔術にとっては異端とも言えるほどに相性が良い。

 科学が世界の在り方を数学によって再定義する度に神秘を増していく。

 

 ――――神はこんなにも完全な世界をお創り成された。

 

 雷神の神威たる雷霆を人の手に行き渡らせた偉人の一人、交流電気を発明したニコラ・テスラは数学者である。粒子であり波である光の本質を言い当てた科学者アインシュタインは質量保存の法則をこの世界から見出した。

 それは古来から連綿と続く、ピタゴラス式数学魔術の一端ということにできる。

 この星に留まらず宇宙の法則を数学化する。その公式がより真に迫れば迫るほど力を増していく。ピタゴラスはそのような魔術基盤をこの世界に刻んだのである。

 

 かつてイアソンが主催したアルゴナウタイの一員、ヘルメスの息子、半神アイタリデスは父ヘルメスに死によって失われることのない記憶力を授かった。そしてトロイア戦争においてエウポルボスとして、そしてギリシャピタゴラスとして出現した。

 まるで万物・物質の流転、事象の変換をテーマとする錬金術を研究するアトラス院の在り方に近しい。錬金術によって転生術式を編み出した者もいるのだから。

 

「それじゃ、原初のルーン(回帰)は上手く一小節で起動したのか」

「ああ。ルーン文字を刻んで、証明アンカー開始キャッチで問題なく。宝具を現出できない強度のシャドウサーヴァントなら対応可能だったよ」

「ならこれで、どっちが根源に辿り着くかの勝負になるわけだ」

「君が根源に至るには、科学がビックバンを解明しなければならないだろ? 無理だよ私の圧勝だ」

「真空分極で無から有は生まれるんだぜ」

「その無はそう見えるだけだろ」

「……科学、知ってたのか。論文でも読んでるのか貴族様が」

「どや」

 原初の地球ごときでは収まらない、ビックバン後の宇宙を満たしていた原初スープの状態すら人類は再現できる程に発展していった。

 それがオール家初代の知的好奇心から編み上げた魔術基盤の希望でもあった。

Fate/Another Labyrinth③

パルジファル・ハイネ・ソフィアリ

魔術系統:降霊術、錬金術占星術アストロロジーなど

魔術回路・質:A+

魔術回路・量:A

魔術回路・編成:正常(起源《回帰》の現出に伴い多少の変調あり)

 彼の魂胆。

 それは空間時間の召喚であると云ってもいい。

 かつて中世にパラケルススレオナルド・ダ・ヴィンチなどの天才が一気に現れた、創造科バリュエでは賢者の石と呼ばれたフォトニック結晶による演算機で、過去――特に神代――を再現して、それに自身を逆召喚する。

 賢者の石内部で構築された霊子虚構世界限定の空間航法。擬似霊子転移や、疑似霊子変換投射とも呼ばれる。それは電子データではシミュレータでしかないが、こと魔術を扱う者には、仮想的な時間跳躍タイムトラベルと並行世界移動のミックスとなる。

 偶然にも天文科のロード、アニムスフィア家に伝わる秘奥と同様の理論ではある。だがいつかの未来で地球の魂を複写した疑似地球環境モデル・カルデアスではなく、賢者の石を使用しているため過去改変などの人類史への介入などは到底不可能。

 その霊子虚構世界上での歴史改変は、しょせん演算上だ。だが根源の渦は万象に繋がるもの。究極美でも、人体でも、仮想上でも繋がれば至れる。

 理論上は可能。

 問題は、それを再現できるかというもの。

 

 根源の渦に至るには神代の環境再現が必須。

 真に迫らなければ、扉は開かれない。真を造らなければそもそも扉は生まれない。

 

 自分を神代に迎え入れる縁がいる。

 神代の編成を再現するための膨大な燃料がいる。 

 そもそも神代を演算できるアトラス院に匹敵する、高密度の賢者の石を製造できる技術がいる――いや、これは一応後回しでいい。かの五大元素アベレージ・ワンの魔術師パラケルススがそれを可能としたという事実がある。

 自身のレイシフト時の意味消失から保護する魔術礼装の開発がいる。これに関しては専門分野だ。

 

 神代を再現――アトラス院風に言うならば再演――する研究の副産物として造られたのが私の魔術礼装。

 かつて北欧で使用されたという神霊や英霊(一介の魔術師ができるのは英霊までであろう)の振るう原初のルーンを召喚する。

 これは境界記録帯ゴーストライナーの宝具や特性を一時的に喚起して行う魔術の一例だが、聖遺物を加工した触媒があるのなら不可能ではない。一工程シングルアクションであるのがルーンの魅力なので、大魔術・儀礼呪法クラスになるこの方法は無意味だが。

 しかし私の起源《回帰》という魔術特性による大幅なショートカットで、実戦的と言える一小節レベルには成立した。

 

「私は、戦える、はずだ…………っ」

 地中海はギリシャ。飛行機の中で、冷や汗で滲む手のひらをぐっと握る。

Fate/Another Labyrinth②

 英雄と呼ばれる者が振るった武器や切り札を宝具と云い。

 伝説に由縁する残り香を聖遺物と云うが。

 それらが完全な状態で現代まで残っている事例というのは多くはない。

 彼らの駆け抜けた大地が、もう残っていないように。それはもはや過去の話。星はその上に暮らすものたちの手によって形を変える。

 

考古学科アステアのように降霊科ユリフィスも大抵の場合は宝具、聖遺物の類を必要とする。保存ではなくて召喚の際の触媒、より術式の精度を上げ、成功率を確保するためにだけどね」

 そう言って彼、降霊科のエリート、パルジファルは自身の所有物である長物を大切そうに触れた。いつくもの呪符と聖骸布で封印されたものだ。

 なるほど魔術師のエリート、貴族だけある。目も眩むほどの一級の呪体を個人で所有しているのか。おそらくこの聖遺物がこの場で解き放たれたら、大惨事になるのだろう。

「私の得意な魔術は召喚術、過去あるいは未来から霊体を喚起する魔術だが、時間きょりが離れているほど消費する魔力や確実性などの難易度は高くなる。触媒のもつ縁によってアンカーを付けて高密度な情報の海から無理矢理、引きずり出す。

自分の感覚では釣りと似ている、かな。魚が抵抗しなければより釣れやすい。呼び出すものの同意があれば魔力はより少なくて済む」

「その燃料となる呪体と、縁をつくる聖骸布探しですか……」

「過去に遡れば、遡れるほど良いのだから、この地球上に残る異界の内でも脅威なものと対峙することになる。しかし、できる限りの準備をしたいが少数の方が良い」

「足手纏いと、報酬で――かしら?」

 横から愛歌が口を出した。薄笑いを浮かべている。

「それもあるかな」

 麗しい青年は、恥ずかしいところを突かれたとばかりに、照れくさそうに微笑んだ。

 政治抗争を主とする時計塔上層部の人間にしては、あまりにも人間・・らしい・・・

「迷宮と化している異界、探索地の候補として以前言った北海、ヒマラヤ、かつて名の知れた魔術師の工房、神話伝説の舞台。最初の依頼は……」

 

 最初の依頼は、形のない島。

 かつて数多の人を石化させた魔物メドゥーサが暮らし、英雄ペルセウスに討たれた場所。地中海に佇む霊地にして、もはや神話と異なる地球とは隔絶された異界。

 太古の昔、霊体が破壊された際に周囲の魔力・怨念と結びつき、歳月による信仰という存在確立も相まって、そこには魔物メドゥーサを模した影が実体化したという。

 それの発生は奇しくも使い魔サーヴァントと類似。シャドウサーヴァントと呼ばれるもの。

 

「問題はそこを発見できないことでね」

「それに関しては大丈夫よ」

「そうなのかい?」

「ええ。ノーマの妖精眼グラムサイトと探索魔術なら、きっと見つけられる」

 

 その時、ノーマ・グッドフェローの紫水晶の眼が、妖しく光る――――

Fate/Another Labyrinth

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Fate/Labyrinth 著者桜井光 イラスト中原

 探求者としての魔術師というのは、およそ過去の原点、始まりの一に向かって進むものだ。その行いは科学ではなく魔術だからこそ可能となるものでもある。

 根源の渦、全ての始まり。

 魔術師を名乗るならば、それを追い求めるのは当然。例え、その道がか細くても。

 

「例えば時計塔地下に存在する竜種の死体が基となった霊墓アルビオン、例えば上級死徒コーバック・アルカトラスの造り上げた迷宮。それら一種の異界と呼べるものには、根源に至るための道をより太くするための触媒――呪体が採れる場合がある」

「それが真っ当な魔術師が、私たちに依頼する理由かしら」

「ま、愛歌……」

 明るい薄青いワンピースを着た彼女は、ゆったりとした所作でこちらに目を向けた。それが敵愾心からなのか、それとも別の思惑か。

 私は彼女のまるで全能の如き瞳の虚に吸い込まれそうだった。

 押し止めようとするのは、橙色の髪を、ポニーテールで纏めてる少女。髪に魔力を留める呪術に頼っているあたりは女性魔術師か。青いダウンジャケットで実行部隊なのだと分かる。

 命を張る魔術遺跡探索者にしては、気弱。

 確かに実績こそめざましくはないが、生存率の高い探索者という最も重要な条件に引っかかった以上は必要な素質なのだろう。

「目標は神代の遺物、北海の巨大古代種ムールクラーケなんかが理想だね」

「あら、あなたは神代の幻想種と相対して、勝てる気でいるの?」

 その言葉は全能の少女からすると、値踏みですらなかっただろう。

「魔術礼装を使用した私の魔術回路ならば二撃。二回分だけ神代のものと同等の魔術を発揮できる。対魔力を持とうと突破できる類のものだ」

「二回も、神代の魔術を……!?」

「降霊術なら、境界記録帯ゴーストライナー由来かしら」

 驚いた少女は確か、ノーマ・グッドフェローと呼ばれていたはず。

 対して動じもしない方が沙条愛歌。

 ロードの分家としての自信でもあったのだが、こうも明暗が分かれるとは。

「これは魔術協会時計塔降霊科のロード・ユリフィス直々の特命です」

 

 金髪の、柔和な笑顔が似合う青年だった。外見こそ白馬の王子様、理想の姿に見えるが実態はそうでもないというのを沙条愛歌は知っていた。

 根源接続者。全知全能の人。沙条愛歌こそその人である。

 ならば魔術師の頂点であるロードの家系の分家、パルジファル・ハイネ・ソフィアリ程度を歯牙にかける必要があるだろうか。

 しかし、戯れに付き合うなら構わないか、と思えるぐらいにはこの男、顔が良い。

(まあ、ノーマにはいい経験にはなるかしら?)

 沙条愛歌とノーマ・グッドフェローはかつて憑依し合った関係である。それはつまり根源接続者の――極度に劣化したとはいえ――霊媒となったということである。

 妖精の眼、グラムサイトが宿っていることが、ノーマには根源に至る可能性の発露として愛歌には映っていた。

 故に、師弟関係。ノーマを根源に到達できるように教え導くことが、娯楽なのだ。